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名古屋高等裁判所 昭和46年(ネ)343号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 株式会社中央相互銀行

右代表者代表取締役 渡辺脩

右訴訟代理人弁護士 松崎正躬

同 高橋正蔵

同 小川剛

被控訴人(附帯控訴人) 大野邦夫

右訴訟代理人弁護士 内藤功

同 大矢和徳

同 原山剛三

同 佐藤典子

同 水野幹男

同 二村豈則

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、被控訴人の附帯控訴に基づき原判決主文第二項を次のように変更する。

控訴人は被控訴人に、昭和四一年六月四日から昭和四六年六月一七日までは一月三五、〇〇〇円、同月一八日から本案判決確定の日までは一月五四、〇〇〇円の各割合による金員を毎月二五日限り仮に支払え。

三、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決ならびに附帯控訴として「原判決主文第(二)項を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し昭和四一年六月四日から同四六年六月一七日まで毎月二五日限り一ヶ月三五、〇〇〇円の割合による金員、同月一八日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一ヶ月七四、八四四円の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに疏明関係は左に訂正附加するほか原判決事実摘示のとおりであるからその記載を引用する。

(控訴人訴訟代理人の陳述)

一、控訴人支店人事については、支店長を除き職制の定員は特別に定められておらず、その人事はその時々の人事管理上の配慮に基づいて弾力的に運営されているのが実態である。従って、支店長代理は一応序列上係長の上位にあるが、同じく支店と称しても資金量や人員数等により自ら格差が存していて、大支店の係長と小支店の代理とは同格と考えられる場合もあり、かつ人事面においては係長と支店長代理とはその任につく者によって相当程度の流通性互換性が存する。その結果従来支店長代理を以てあてていたポストに後任者の閲歴等からみて係長資格でこれを補充するということも稀でなく、次長、支店長代理、係長等の支店職制の人事にはかなりの代替性がある。八百津支店は行員数、取扱預金量からして会社内の最小規模の支店であるから、同支店の支店長代理になったことは、他の支店の係長に任ぜられたとほぼ同様なのであって、これを以て異例破格の二階級特進であると考えるほどのことはない。蓋し控訴人会社において支店に係長の職制が定められたのは昭和三二年四月二二日であり、当時係長を全店舗に即時に配置できなかった実情であったが、当該支店に係長という職制が定められている場合、その支店勤務者の一員を支店長代理とするか係長とするかは本人の経歴と能力に応じて定められ、係長が未だ置かれていないから支店長代理にするというような安易な人事は行なっていない。また被控訴人を八百津支店に発令することによって、同支店では支店長代理が二名となり、同支店の規模からして一見奇異の感がないでもないが、先任の同支店長代理篠田敏は控訴人の業務習熟を待って近い機会に他に転出させる予定であり(同人は昭和四二年二月一六日、多治見支店長代理に転勤した)、右のような支店長代理二名の存在は当初より暫定的な便宜措置として考慮されていたのである。被控訴人はその在社年数、能力等に照らし小支店の支店長代理か、相当店の係長にするのが相当であったし、八百津支店への通勤距離からみて同支店長代理の後任として被控訴人を適当としたのであり、前記の如く支店職制の人事にはある程度の巾があり、いわば人に位階がついてまわる面のあることを考慮すれば本件発令を「殆んど例をみない異例の取扱い」とみるのは当らない。

二、被控訴人と同期の者で、当時未だ職制に昇任しない者は長期病欠で遅れている一名を除き、被控訴人のみであり、しかもうち五名は昭和四〇年にAまたはB級支店の支店長代理となっているのであるから、その不均衡を是正するためにも被控訴人を可及的速かに機会を見て支店職制に昇格させる人事上の必要があったことはすでに原審で主張したとおりである。のみならず被控訴人は七年以上にわたって専従役員として中央労組(中央相互銀行従業員組合)または全相銀連(全国相互銀行従業員組合連合会)に関与したとはいえ、銀行の経営全体に対して常時研究活動したのであるから、活動の場こそ違っても十分銀行業務に関係していたのであって、その間全くブランクであったとはいえず、しかも被控訴人の会社における勤務経歴は預金、貸付、計算、調査、為替と銀行業務の殆んどすべてを経験しているのであるから、支店長代理就任当初は多少不慣れなところはあるとしても、日時の経過と共に役席者としての業務を執行するに十分の資格と能力とを有していた。控訴人は人事につき中央労組の執行委員経験の有無を問わず専ら本人の能力および経験を考えて、支店職制に任命しているのであって、組合執行委員経験者から非組合員の地位に昇進した例は多数に上る。控訴人は被控訴人を八百津支店長代理とするか係長とするかを決するについては、被控訴人の在社年数、同期の者との均衡などの点から支店長代理とするのが相当であると考えたのであって、むしろ同支店の係長にとどめることこそ被控訴人の過去における組合活動を理由とする不利益扱いといわれるでもあろうと考えたのであった。

三、本件人事異動に関連し被控訴人の組合活動を封じようとした控訴人に不当労働行為意思があったとすることはできない。すなわち被控訴人は昭和四〇年原職に復帰するまでの約五年間中央労組の執行委員を兼ねていたといえ、主として全相銀連あるいは金融共斗にあって中央労組の活動には殆んど参加していないし、原職復帰事情は、いわゆる穏健派が多数を占めるに至った当時の組合情勢からみて、組合は重ねて全相銀連に被控訴人を参加させることを適当でないと考えたからに他ならないのであり、おそらくもはやその活動を期待しなかったからであろうと思われる。そのことは復帰後の被控訴人の組合活動が特に第三者の関心をひくものはなかったことからも明らかである。控訴人が復帰後の被控訴人の組合活動に特別の関心を抱きその活動の故に被控訴人の組合員としての地位を剥奪しなければならぬ事情はなかったのである。単組復帰後の組合の客観情勢が被控訴人に必ずしも有利でなかったことは昭和四〇年四一年度における執行委員選挙の結果に照らし十分推認できるところであり、被控訴人の組合に対する影響力ないしは被控訴人を支持する単組内の勢力は微弱であって、控訴人内部にその「巻き返し」を危惧するものがかりにあったとしてもその故に被控訴人の配転まで考慮するなどの事情はなかった。

四、経営刷新懇談会および中央同盟会は控訴人が組合対策として作らせたものでない。経営刷新懇談会は、昭和三五年以降業績が低下する現状を憂えた中堅行員が同志を募り、経営刷新の具体策を検討し、実現しようとするものであり、その主眼は経営者に対し適切強固な経営理念と指導とによる新時代に対応した経営の体制確立を求めることにあったのであって、その構成員はすべて非組合員で第二組合結成の母体になりえないものであり「組合に対する批判グループ」であるということはできない。中央同盟会は右と異なり、組合員の中で旧執行部方針に批判を抱くものを中心として結成されたものであって、組合と経営者間の不信感を回復し、会社の営業成績向上に協力することにより多くの分配を得ることを方針とするものであり、講演会、討論会、パンフレットの発行等により、組合員であるとともに銀行員としての正しい考え方を勉強し研究しようとする研究会である。その構成員はすべて組合員であるが、中央同盟会は会社と全く接触がなく、控訴人はその結成、運用等については一切関与していない。

(被控訴人訴訟代理人の陳述)

原判決は本件解雇の意思表示がなされた当時被控訴人が役職手当を除き毎月七四、八四四円の割合による賃金の支払をうけていた事実を認めたが一ヶ月三五、〇〇〇円の割合による金員の仮払いを求める限度で保全の必要性を認めたにすぎない。しかし右金額は極めて低く、被控訴人と三人の家族の生活を維持することは著しく困難である。従ってその生活の維持のため被控訴人の妻はパートタイマーや内職により月額一〇、〇〇〇円ないし一五、〇〇〇円の収入をえているが、不安定であり、生活費の不足を補う被控訴人の借金および未払金は昭和四六年六月現在で五五〇、〇〇〇円に達しその後も増加している。被控訴人は父大野鋹一の死亡により農地一反を相続により取得した。また右土地の一部に被控訴人の居住する建物があるが、大正一二年父が建築所有していたものを相続人間で協議し右土地上に移築したものである。移築費用は被控訴人の資金と、その不足分は被控訴人に代って兄が融資をえた資金を以て移築したものであり被控訴人の所有建物でなく、兄は融資の返済のため右建物の一部に下宿人を置き、昭和四六年一〇月当時一ヶ月一六、〇〇〇円の下宿代をえているが、右は兄の借入金および利息の返済にあてられている。残りの土地は従前からの小作人が現に耕作している。すなわち、本件解雇当時被控訴人が受けていた前記一ヶ月七四、八四四円の割合による金員は必要最少限度の賃金として仮払いをうけるべき緊急かつ重大な必要性がある。そこで被控訴人は控訴人に対し本件附帯控訴状送達の日の翌日である昭和四六年六月八日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一ヶ月七四、八四四円の割合による金員を求めるため本件附帯控訴の申立をする。

(当審における疎明)≪省略≫

理由

第一、当裁判所の判断も控訴人の被控訴人を解雇した処分は無効なものと判断する。その理由は事実認定資料として当審証人嶋村直彦の証言、被控訴人本人尋問の結果を加え、左に理由を附加するほか原判決理由説示と同様であるのでここにその記載を引用する。

≪証拠判断省略≫

すなわち、被控訴人は中央労組、全相銀連金融共斗を通じ活発な組合活動を続けてきた指導的な組合活動家であり、その活動は控訴人に対し、賃金労働条件など労使関係について相当の影響力を与えていた。そのため控訴人は被控訴人および被控訴人の指導する組合活動を歓迎せず特に昭和三七年春斗以来控訴人も加盟していた全国相互銀行協会は組織的統一的な組合活動に反発し対抗して、職制の増員、教育、時間内組合活動の制限、組合批判分子の育成等全相銀連加盟単組の統一行動を牽制する動きを見せるようになり、控訴人会社もその組合の動きを牽制弱体化する傾きがあった。そうした状況のもとで、控訴人は、中央労組昭和四一年春斗および定期大会を控え、たまたま豊橋支店次席が空席となってその補充人事を行なう必要があったのに便乗して本店営業部為替係一般行員であった被控訴人を八百津支店係長の補充として二階級特進せしめ労働協約上当然に組合員資格を失うべき同支店長代理に昇格配転したものである。

一、控訴人は被控訴人に対する右人事異動は異例破格の二階級特進でない、大支店の係長と小支店の代理とは同格であり、その任につく者によって相当程度の流通性互換性がある、被控訴人の経歴、能力、同期入行者との均衡を考え小支店たる八百津支店長代理に発令したのは業務上の必要性、正当性に基づくものであると主張する。そして≪証拠省略≫によると、前記控訴人主張事実は一応認められる如くではあるが、右は≪証拠省略≫を併せ考えると前記転任を以て不当労働行為ではないとするにはたりずその他右の主張事実を疎明するにたりる適切な資料はない。

二、控訴人はまた被控訴人の単組復帰後の被控訴人の組合活動にみるべきものがなかったと主張する。そして右主張に沿う≪証拠省略≫は≪証拠省略≫と対比し措信できずその他右主張事実を疎明するにたりる証拠はない。かえって右対照に供した各証拠によれば、被控訴人の単組復帰にあたっては、中央労組の委員会は全相銀連よりの派遣要請を拒否し中央労組で活躍することを期待していたのであり、実績と手腕をもつ組合活動家としての被控訴人の影響力は控訴人において無視することができなかったとの事実を一応認めることができる。

三、経営刷新懇談会および中央同盟会が従来の中央労組に対する批判グループであることは先に認定したところである。ところで≪証拠省略≫によれば次のように疎明される。すなわち、経営刷新懇談会は控訴人の非組合員を対象としたものであり、昭和三五年以降控訴人会社の業績が低下した現状を危惧し、新時代に対応した経営の体制基盤の確立を図り、経営者の適切強固な経営理念と指導の転換を求める一方、昭和三五年中の大半を費した控訴人会社における一連の争議の結果極端に労使間の不信感を増長したことを反省し、組合の刷新、体質改善を図るため控訴人従業員中非組合員が結成したものであり、昭和四〇年三月一四日設立当初の発起人は岩田鉄雄(当時審査部次長)、青山松之(当時企画室課長代理)、平沢正(当時岐阜支店長)ら合計一二名の職制であった。この事実に≪証拠省略≫を併せ考えると経営刷新懇談会が控訴人と全然関係なく結成されたとは認め難い。また、中央同盟会について考えるに、≪証拠省略≫によれば、中央同盟会は銀行の社会的使命を深く認識し労使相互の信頼と協力に基づきより豊かな生活と楽しい働きがいのある職場を作ることをその設立の趣旨としてかかげ、その為学習会、研究会、講演会の開催等を行なう中央労組組合員を対象としたものであることが一応認められるが、≪証拠省略≫によれば、右は主として組合正常化の名のもとに控訴人の期待する組合づくりとそのための多数派工作に力をつくした運動組織と認められるのであり、右認定に反する≪証拠省略≫は措信できず、その他右事実を覆えすにたりる疎明は他にない。

以上のように、当審の判断によっても、控訴人が被控訴人に対してした八百津支店長代理への昇格転任処分は、労働組合法第七条第一、三号所定の不当労働行為に当り、無効なものであるというべく、従って、これに従わなかった故を以て被控訴人を解雇した行為もまた無効なものというべきである。これが有効であるとする控訴人の主張は理由がない。

第二、次に、被控訴人の附帯控訴について判断する。

さきに述べたとおり、控訴人の被控訴人に対する解雇処分は無効であり、従って被控訴人は控訴人の従業員として控訴人に対し賃金請求権を有するものである。≪証拠省略≫によれば、被控訴人は昭和四〇年一二月から四一年五月までの間月給平均五四、一〇九円(一二月と四月に支給された一時金を右の六ヶ月間に加算平均すると月七四、八四四円)の支給を受けていたことが疎明され、さらに、≪証拠省略≫によれば次の事実が疎明される。すなわち、被控訴人は妻と二人の子(昭和四六年四月小学校五年と一年)の家族で、従来控訴人からの賃金収入で生活を営んで来た。被控訴人はその住宅敷地のほか附近農地八二二平方メートルほどを昭和四〇年八月父から相続所有しているが、右農地は他に賃貸小作さしておりその賃料収入は年五〇〇円ほどである。また被控訴人は前記住宅敷地上に、本件解雇前後居宅を建築し(これは実質上被控訴人の所有に属するものであるが、その建築資金として借りた借金が六〇万円ほどまだ残っている)これに居住するとともに、その一部に下宿人をおき収入を挙げているが、その下宿代収入は年間を通じて見ると一月平均一二、〇〇〇円ほどである。被控訴人の妻は被控訴人の解雇以後パートタイマーなどして働き月に一万円から一五、〇〇〇円ほどの収入をえていたが、昭和四六年四月下の子が小学校に行くようになってからは、家を留守にしにくくなり、仕事をやめ、その後は収入をえていない。被控訴人一家の生活費は月に六六、〇〇〇円ほどはかかっており、これを補うための借金が四〇万円に達している。以上の事実が疎明され、これを左右するにたりる疎明資料はない。

右の事実に年々の物価、生活費の上昇の事実を考えあわせれば、被控訴人一家の生活を維持するに必要なものとして昭和四一年六月四日から昭和四六年六月一七日までは一月三五、〇〇〇円、同月一八日から本案判決確定の日までは一月五四、〇〇〇円の各割合による金員を毎月二五日限り控訴人から被控訴人に仮に支払うべきものとの仮処分をするのが相当と認められる。

第三、以上のとおり、控訴人の控訴は理由がないので、これを棄却すべく、被控訴人の附帯控訴に基づき原判決主文第二項を上記のように変更することとし、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担として主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川正世 裁判官 丸山武夫 山田義光)

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